今思っている事

障害のある我が子の育児や介護に時間をかけて関わっていく環境になって、折角なので、今後、障害者や子供、またその親、特に父親に関わるような事に携わって行くのが、今の環境で自分の一番の存在意義ではないかと思うのと、自分としてもその方が人生のやりがいになる(言い換えれば、今のじぶんの会社の仕事を出来る人は世の中にたくさんいる。ただ、障害者に関わる父親という立場の人は世の中の数として圧倒的に少ないし、そこで何か貢献したい)。

障害児に対して、親や父親がどの様に関わって行くべきか。

障害時を持った親や父親が、どのように、育児・介護と仕事を両立出来るか。

障害児を持った夫婦が、どのような関係性を作って、お互いで生活をして行けるのか。

Ayukiが生まれて、そして、そして二人目のHikariが生まれるにあたって、上記のテーマについて、本当に悩み考えました(ざるを得ませんでした)。

仕事に関しては、Hikariが生まれるタイミングで、目標としていた米国駐在の機会があり、現地で1ヶ月下準備をし、ビザも取得したものの、夫婦、妻の両親が絡んでの揉めに揉めた末、直前で駐在を辞退しました。

そして、家族の修復、子育て、介護のため、仕事の担当を変えてもらい、仕事時間を大幅に削減してもらい、また週二回程度の在宅勤務もモニターで導入してもらい、何とか仕事を継続しました。

離婚の話を始め、二人目の中絶や里親の話も出てくる状態で妻も精神的に大分参っていた状態で、家族の修復は容易ではありませんでした。

そして、加えて、夫婦での性格や考え方の違いは根深く、お互いの信頼関係が崩壊しており、現在も、喧嘩や離婚の話が絶えません。

仕事との両立

米国駐在の際の土壇場での辞退は会社や関係者にも大きな影響を与えました。家庭の事情は関係者にも話しながら、それでも自分の意思は最後まで諦めず駐在の意思で進めていたので、辞退後はとにかく関係者へ謝罪に回り精神的にも中々しんどい状態でした。その後、会社や関係者には仕事量や内容を配慮してもらいながら進めましたが、限られた業務時間の中でトラブルなく進めることは難しく、問題も多い状態でした。そんな中、駐在計画に関わっていた上司からは、理不尽な嫌がらせのような対応も受ける事になりました。考えがしっかりしていて、人間的にも信頼できる上司でした。駐在がなくなった事による上司への影響も大きかったので心の不満が理不尽な対応になったのはある程度理解できました。結局、上司は約半年後に退職して、転職しました。

 

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